なぜ、足利銀行?(PART 3 OF 4)
あなたは口先だけで誠意の無い人ですね。
デンマン様は、どう言う訳でそのような事をおっしゃるのですか?
あのねぇ〜、あなたは僕の話を聞いてよく理解することができたと言ったではありませんか!
その通りです。 そう申し上げました。 実際、デンマン様のお話はもっともだと納得できました。 しかし、日本の銀行にはルールや規則がございまして。。。
カナダの銀行にもありますよ。 しかし、あなたのように融通(ゆうずう)の利(き)かない支店長代理は少ないですよ。 支店長でも、もう少し誠心誠意を込めて客に対応するものですよ。
。。。と申しますと。。。?
あのねぇ〜、次のような事があったのですよ。
本当に法の下で
平等になっているか?
日本国憲法の下では、日本人は法人も含め、法の下に平等です。
例え国を訴えても、日本国憲法の下では公人も私人も平等です。
法律的にはそうなっています。
しかし、現実には“縦社会”の日本は、なかなかそのようにはゆかない。
なぜなら、江戸時代の“負の遺産”である身分制度の名残があって、上で僕が説明したように“縦社会”に生まれ育ったスマットさんは無意識のうちに“縦社会”的思考にすっかりはまっています。
じゃあ、“横社会”では
どうなっているのか?
僕のエピソードをここでお話します。
カナダには全国に支店網を持っている大きなカナダの銀行が7つあります。
その一つがノバ・スコシア銀行です。
バンクーバーのロブソン・ストリートの支店に僕はアカウントを持っているのですが、ここで働いている女子行員と借入金の限度額について交渉していた時の話です。
担当の女性は“オフィサー”という肩書きを持っていましたから、日本流に言えば個室を持っている課長級の人でしょう。
ところが、電話したのに折り返しの返事はよこさない。
僕がその事を追求したら、対応の仕方がふざけている。
僕と電話で話している最中に、同僚と冗談言って笑ったりしている。
僕が常識を持ち出して相手の非を説明したのに全く取り合おうとしない。
僕はかなり頭にきたので、本社の人事・教育担当の副社長にタラタラと苦情の手紙を書きました。
要するに訓練・教育の不行き届きですよ!と書いたわけです。
“お上”にお伺いを立てたのではありません。
僕と法の下で平等同等な副社長の責任を追求したのです。
もちろん僕はその副社長と面識はありません。
彼は僕の事も知りません。
でも、2ページに亘(わた)る丁重な手紙をもらいました。
翌日、支店長から謝罪の電話をもらいました。
つまり法の下での平等ですよ。対等ですよ。
どこの馬の骨だか分からないような僕が手紙を書いたからって、無視しません。
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ところが“縦社会”では、このようには行きません。
ナイトメア・ネッツ(仮名)というブログサービスを運営している会社があります。
中国地方の小さな会社ですよ。
この社長がナイトメア・ブログの管理人をしています。
もちろん、“お上” の “縦社会思考” にどっぷりとつかっている“田舎侍”は“武士気取り” で “問答無用!”と言って、僕のブログを丸ごと“切り捨て”てしまいました。
問答無用!のあとの削除です!
『縦社会と横社会 (再考)』より
(2006年2月25日)
つまりねぇ、客の言うことがよく理解できたのならば、それなりの行動で誠意を示してくださいよ。 あなたは口先だけで全く誠意がありませんよ!
そうでしょうか?
確かに、あなたはこうして僕に粗品のサランラップとテッシュ・ペーパーをくれたけれど、こんなのは「貯金加入キャンペーン」の時にお客さんに配った時の余り物でしょう!? 何も貰わないよりはいいかもしれないけれど、僕としては、こんな物よりも30万円を一日でも早く引き出すことが重要なのですよ。 ところが、あなたは僕の要望を知っていながら本社に電話して「できるだけ処理を早めるように。。。」と言ってない。 どうですか?
。。。
黙っているところを見ると言ってないのでしょう!? だから、あなたには誠意が無いと言ったのですよ! 僕が諦めて出て行ったので、それ以上の事をあなたはしなかった! ところがノバ・スコシア銀行の本店の副社長は僕の返信に丁寧に手紙を書き、支店長は僕に電話をかけて寄越して誠意を示した。 それに比べると、あなたは口先だけですよ。 本店に電話して1日でも2日でも僕のために処理を早めてもらう。 そうすべきだったのですよ! 2時間半近く僕の話を聞いて「理解した」と言いながら、あなたは何もしなかった。 きっかり10日後に通帳が届いた。 それも僕が支店まで取りに行ったのですよ。 規則はねぇ〜、人の上に君臨するものではないのですよ!
あんさんは支店長代理に向かって、こないな事まで言わはったん?
あのなァ〜、言うべき事は言わねばアカンのやァ! 最近の日本では、誠意を持ってお客さんのためにサービス精神を持って対応している銀行が少なくなっているのではないか? 銀行だけやあらへん。 日本政府がそもそも国民のために率先(そっせん)してより良いサービスを提供してないと思うねん。
どうしてバンクーバーに居るあんさんに、そないな事が判るん?
わては最近バンクーバー図書館から次の本とDVDを借りたのやがなァ。
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わては赤枠で囲んだ本を読んだのやァ。 その本の中で著者は次のように書いている。
官僚が国民のために働かない仕組み
現在の霞ヶ関の最大の問題は、繰り返すが、官僚が本当に国民のために働く仕組みになっていない点である。
官僚志望者の大半は、国民のために持てる能力を発揮したいと望み、官僚を目指す。
ところが、この純粋無垢な気持ちは、いつの間にか汚濁(おだく)にまみれてゆく。
そういう構造的な欠陥を現在の官僚機構が宿している。
(中略)
省利省益の確保と縄張り争いに血道(ちみち)を上げ、(省内職員のためで、国民のために働かない。) 職員の生活が豊かになっても、国民の誰も賞賛はしないどころか、それは悪でしかない。
(中略)
霞ヶ関では「先輩に迷惑がかかる」ようなまねは一切許されないのだ。
年功序列による負の連鎖は連綿と続いており、若手が改革案を実施したいと考えても、現役の上層部だけでなく、OBからも圧力がかかり潰される。
核燃料サイクルに反対した若手官僚3人が左遷され、うち一人は経産省から退職を余儀なくされたこともあった。
電力業界の逆鱗(げきれん)に触れ、OBからもクレームがついたのだろう。
公務員制度改革に賭けた原英史氏、埋蔵金をはじめとする数々の霞ヶ関のカラクリを暴(あば)いた高橋洋一氏、小泉改革を支えた岸博幸氏ら、改革意欲に燃える能力の高い役人は結局、自らの組織を見切るしかなくなるのだ。
...国民に対して、結果を出さなければ責任を取るべきなのに、悪事を働かない限り降格もない。
年金がなくなっても、歴代の社会保険庁の長官は、いまだに天下りや渡りで生活が保障されている。
実績は関係ないのだから、国民のために働こうという意欲はどんどん失(う)せていく。
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)
146-150ページ 『日本中枢の崩壊』
著者:古賀茂明 (経済産業省官房付)
2011年6月30日 第5刷発行
発行所: 株式会社 講談社
『日本の崩壊』に掲載
(2012年6月17日)
これでは国民の生活はいつになっても良くならへんと思うわ。
その通りやがなァ。 こういう風潮が役所ばかりやのうてぇ、銀行にも、それに他の会社にも。。。つまり、日本の隅々にまで蔓延(まんえん)しているのとちゃうかァ〜? わては、そう思うたのやがなァ。
どうすればええのやろかァ〜?
日本が落ちるところまで落ちないと、命をかけてまでも日本を良くしようと立ち上がる若者が出てこんのとちゃうかァ〜?
そうやろかァ?
幕末に明治維新を起こそうと立ち上がった「改革の志士」のような人物が現れないかぎり、日本の未来は出口の見えないトンネルの中に居るようなものやでぇ〜。。。
デンマンさんが日本へ帰ってきて、その「改革の志士」たちを先導してくれへん?
あのなァ〜、「言うは易し行うは難し」なのやァ。 わては、そのつもりでこうして記事を書いているのやでぇ〜。。。
記事を書くだけで日本が良くなったら、誰も苦労せ〜へん。。。
確かにその通りやァ。 そやけど何もせ〜へんで、ぼんやりと人生を過ごすよりも、こうして少しでもネット市民の皆様に日本のたるみきった実情を見せれば、多少なりとも意識の改革になると思うねん。 とにかく、意識改革が先決やと思う。 幕末に明治維新を起こそうと立ち上がった「改革の志士」も「これでは日本がダメになる!」と心の底から、そう思ったから立ち上がることができたのやでぇ〜。
日本人の一人一人が心の底から「これでは日本がダメになる!」と思わんかぎり、命を懸けてまで日本のために尽くそうとする人が現れへんということォ〜?
そうやァ。 そのためにはネットで草の根運動(Grassroots Net Politics)を広めることやがなァ。
あんさんは「これでは日本がダメになる!」と思うてるのやから、立ち上がればええやん!
わてはバンクーバーに居(お)るのやでぇ〜。。。
すぐにでも日本航空のジャンボに乗って東京の国会議事堂に殴り込みをかければええやん!
めれちゃん!。。。「言うは易し行うは難し」なのやでぇ〜。。。そう簡単に日本が良くなるわけやないねん。 ネットで草の根運動(Grassroots Net Politics)を広めて、じっくりと意識改革をすることが先決やァ。
(すぐ下のページへ続く)