あなたの中の阿修羅(PART 3 OF 3)
あらっ。。。阿修羅像のことでいろいろの歴史上の事実を持ち出して、ずいぶんと長い記事を書いたのでござ〜ますわね。 でも、興福寺にある阿修羅像が後に孝謙天皇になる阿部内親王をモデルにして制作されたなどとは、どの歴史書にも書いてありませんわ。
もちろん書いてないと思いますよ。 僕が歴史的な事実をいろいろと引き出して推測して書いたのだから。。。
あらっ。。。マジでデンマンさんの独自のお考えなのでござ〜ますか?
そうです。
。。。んで、どうして上の本を引用なさったのですか?
あのねぇ〜、あの阿修羅は、人間の苦しみ、悲しみに同情し、ともに哭(な)きつつ、弱者の側に立って戦う存在であるのかもしれないと書いてあるでしょう。 実は、阿部内親王は弱者の立場で戦ったのですよ。 彼女は天皇になってから道鏡との性生活の乱れなどを取りざたされて藤原氏の主流派から誹謗中傷を受けたのです。
あらっ。。。孝謙天皇と道鏡さんの下世話のエロい噂話は事実無根なのでござ〜ますか?
僕の個人的な意見では孝謙天皇と道鏡さんは真面目な人だったと思うのですよ。 結局、孝謙天皇は権力争いに敗れて藤原氏の主流派の座を下ろされてしまった。 その事で、僕は次の記事を書いたのです。 関心があったら卑弥子さんもぜひ読んでみてください。
■『日本女性の愛と情念の原点』
つまり、孝謙天皇の悲しみは阿部内親王時代に、すでにモデルとして興福寺の阿修羅像が制作された時に、その表情に出ていたとデンマンさんは言うのでござ〜ますか?
そうですよ。
でも、それはデンマンさんの考えすぎだと思いますわ。
だけど、歴史的に順を追って考えてみれば、すべてが辻褄が合って、すんなりと理解できると僕には思えるのですけどねぇ〜。。。。
【ジューンの独り言】
ですってぇ〜。。。
この阿部内親王という女性は、後世によからぬことを言われた女帝なんですよね。
この女性が攻撃の対象となったというより、そのお相手の道鏡さんがボロクソに言われました。
その道鏡さんを庇護したというので、孝謙・称徳天皇もボロクソに言われたというわけです。
このコンビは江戸時代になるとアダルトグッズの業界ですっかり有名になってしまいました。
葛飾北斎が「魂胆遣曲道具」の中で『道鏡鎧甲(よろいかぶと)』と画題をつけて道鏡さんを登場させています。
道鏡さんが鎧兜をつけて戦いに臨んだということはもちろん記録にありません。
この鎧甲(よろいかぶと)とは性生活をサポートするための性具なのです。
それに道鏡さんの名を付けたというわけです。
詳しいことは次の記事を読んでください。
■『道鏡と孝謙女帝は性具でも有名』
道鏡さんを馬鹿にした、というより面白半分に道鏡さんを笑い者にした次の川柳に、この辺の事情がよく表れています。
ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。
■『感じてストで和露他』
■『笑える漢字クイズ』
■『哀れなネアンデルタール』
■『佐伯今毛人は臆病者か?』
■『笑わせる漢字でござ〜ます』
■『卑弥子@婚活』
■『プロメテウスの第2の火』
■『うむうむ、ふむふむ人間』
■『コギャルと甘え』
■『癒しと水墨画』
■『東電八分』
■『怒りっぽいあなたに』
■『床上手だよ!』
■『床上手@docomo』
■『漢字で体操ざ〜ます』
■『曲屁(きょくべ)』
■『天神様と東日本大震災』
■『日本は良い国か?』
■『日本を良い国に…』
■『エロい熟女』
■『アッと驚くマキアベリ!』
■『良寛さんの顔』
とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。
ィ〜ハァ〜♪〜!
メチャ面白い、
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