えっ、ヒトラーはベジタリアン?(PART 2)
トラウデル・ユンゲ
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1942年12月に東プロイセンの総統大本営ヴォルフスシャンツェで、長期休暇に入るゲルダ・クリスティアンの代わりとなる秘書の採用試験を受けた。
彼女自身は舞踏家への夢を捨てきれず秘書職は一時的なものと考えていたが、そのため気楽でナーバスになっていなかったこと、そしてミュンヘン生まれであることが採用の決め手であったという。
この後、ベルヒテスガーデンの山荘ベルクホーフ、タウヌス山地のアードラーホルスト、ベルリンの総統官邸でごく身近からヒトラーの私的な時間をつぶさに目撃した。
その生活はヒトラーのスケジュールに合わせ、遅くに起きて昼食を採り、何度ものコーヒー休憩を挟んで遅い夕食をとったのちに映画を見てから仕事にかかり、深夜に仕事を続けて午前5時頃に就寝するというものだった。
1943年6月19日、ヒトラーの従卒であるハンス・ヘルマン・ユンゲ親衛隊中尉と職場結婚する。
夫は第12SS装甲師団ヒトラー・ユーゲントの一員として1944年8月にノルマンディで戦死した。
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(夫と共に)
ベルリン市街戦のさなか、退避を勧めるヒトラーの言葉に従わず最後まで総統地下壕に残った。
4月28日、ヒトラーとエファ・ブラウンの結婚式に立ち会う。
その直後にヒトラーの遺言書をタイプした。
ヒトラーは4月30日午後3時半頃に自殺したが、そのとき彼女は隣の部屋でヨーゼフ・ゲッベルスの6人の子供たちと食事中だった。
本人はその後しばらくの記憶がないと述べているが、直後に地下壕を脱出して故郷バイエルンに逃れたものとみられる。
連合国軍に逮捕されたが、彼女が何者だったのか充分調査されることもなく、また彼女がまだ25歳と若かったため、ナチスとの共謀罪とみなされず解放された。
ナチス活動審査委員会で審問されたが罪は問われなかった。
戦後はゲルダ・アルトという変名で暮らし、フリーランスジャーナリストとして働いていた。
ホロコーストなどのナチスによるユダヤ人の迫害と自らの関係について「当時は知らなかった。でも知らなかったでは済まされない」とコメントしているものの、レニ・リーフェンシュタール同様、自身はナチズムと無関係であるという主張を生涯崩さなかった。
出典: 「トラウデル・ユンゲ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この人は今でも生きているのでござ〜ますか?
2002年2月10日に癌で亡くなりましたよ。
。。。で、トラウデルさんは、ヒトラーの菜食主義について何て言っていたのでござ〜ますか?
インタビューの中で、はっきりと「ヒトラーはベジタリアンだった」と言っているのですよ。 ヒトラーの主治医の勧めもあって、胃腸のためにも肉を避けていたと言うのです。 また、オーストリア人のコック、クリューメルさんはブイヨンにわずかな肉や脂をくわえヒトラーの食事に出すことがあったというのです。 でも、「ほとんどの場合 総統はそのごまかしに気づいて、ひどくいやがり、お腹を気にしていました。 けっきょくスープはそのまま片付けさせ、マッシュポテトだけ食べたのです」と言ってるのです。
つまり、身近にいた人の目から見ても、ヒトラーは肉を避けていたということなのですねぇ。。。
どうやら、ヒトラーはマジでベジタリアンに近い食事をしていたようです。
つまり、ユダヤ人を何百万人とコンセントレーション・キャンプで虐殺したので、罪の意識から肉が食べられなくなったのでござ〜ましょうか?
僕は違うと思いますよ。 あのねぇ〜、ドイツ人の精神分析学者エーリヒ・フロムはヒトラーにとってのベジタリアニズムは姪であったゲリ・ラウバルの死を悼むためだと言うのですよ。 またベジタリアニズムは自分が人を殺すことなどできない人間だということを自身やまわりに証明する方法でもあったと言うのです。
でも、ユダヤ人をあれほど虐殺しているではありませんか?
ヒトラー自身はアドルフ・アイヒマンに丸投げして 虐殺をやらせていただけだから、自分では「殺していない」つもりでいたんでしょうね。
でも、普通の人の目にはヒトラーは“殺人鬼”のように映るでしょう!?
ところが、驚いたことに、トラウデルさん自身もインタビューで意外な事実として話しているのだけれど、ヒトラーは身近な人たちに対しては実に優しくて紳士的だったと言うのですよ。 演説の様子から受け取っていたイメージとは全く違っていたので、トラウデルさん自身も、初めの頃はそのギャップに戸惑ったほどだと言うのです。
あらっ。。。 じゃあ、米原万里さんは皮肉を込めて次のように書いたのでしょうけれど。。。、
もっと心優しく意志の強い人々は
ベジタリアンになるのだろう。
ヒトラーもベジタリアンだった。
身近に接すると、ヒトラーはマジで心の優しいおじ様だったのかもしれませんわねぇ〜。 うふふふふふ。。。
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確かに、人は いろいろな面を持っているのでござ〜ますわ。
あなただって、小さな頃、学校の先生に見せる態度と両親に見せる態度は違っていたでしょう?
もちろん、嫌な同級生に見せる態度と、仲の良い友達に見せる態度も違いますよね。
それに、両親に話せないことも、友達ならば話せるということだってあるでしょう!?
その逆に、先生には言えない事も両親には言えることだってありますわァ。
だから、ヒトラーは歴史的には“殺人鬼”、“戦争犯罪人”でも、
トラウデルさんたちのように身近に接した人たちにとっては、心の優しいおじ様だったということも充分にありえますよねぇ。
ヨーロッパの歴史もいいですけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 覗いてみてくださいませ。
平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。
■天武天皇と天智天皇は
同腹の兄弟ではなかった。
■天智天皇は暗殺された
■定慧出生の秘密
■藤原鎌足と長男・定慧
■渡来人とアイヌ人の連合王国
■なぜ、蝦夷という名前なの?
■平和を愛したアイヌ人
■藤原鎌足と六韜
■古事記より古い書物が
どうして残っていないの?
■今、日本に住んでいる人は
日本人でないの?
■マキアベリもビックリ、
藤原氏のバイブルとは?
とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ〜。。。
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ところで、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。
卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。
■『曲屁(きょくべ)』
■『天神様と東日本大震災』
■『日本は良い国か?』
■『日本を良い国に…』
■『エロい熟女』
■『アッと驚くマキアベリ!』
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■『伎楽は呉の音楽?』
■『呉越の謎』
■『紅のボートピープル』
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■『妻の不貞』
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■『エロい徳子を探して』
■『紫式部と皇国史観』
■『エロい道鏡と薬師如来』
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