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冷し中華と思い出堂(PART 1 OF 3)

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冷し中華と思い出堂(PART 1 OF 3)






梅雨のころになると、いよいよ違和感たっぷりの一行が登場する。
「冷し中華はじめました」
純喫茶にまるで似合わない貼り紙が、店のまえのガラスケースに一枚、店内の壁にも一枚。 季節の到来だ。
(夏がやってくる!)
けれども、一度も食べたことはない。 隣のテーブルでおじさんやおばさんや近所のこどもが食べているのを何度となく目にしてきたから、すっかり食べたことがある気になっているのだ。 それは冷し中華の基本のような端然としたたたずまいである。
きゅうり。 ハム。 錦糸卵。 トマト。 紅しょうが。 練り辛子。

 (中略)

いっぽう、季節を待たずに1年中食べられる冷し中華もある。 季節感が薄いとか冬に食べておいしいのかとか、そういう問題ではすでにない。 なにしろ昭和8年に誕生した元祖の名も誉れ高い冷し中華は、店の大名物である。 わざわざ目当てにいらっしゃるお客さまにもぜひ召し上がっていただきたいからという、もてなしのひと品なのだ。





神田神保町「三省堂」の脇を入って進むと、すずらん通り沿いに一軒の上海料理店がある。



間口は狭いが、縦に細長く5階建て。 創業明治39年、「揚子江菜館」である。 自他共に「元祖」を謳う冷し中華は、正式名を「五色冷拌麺」 1470円。 たじろぐお値段だ。



   「五色冷拌麺」

となり町の純喫茶の冷し中華なら例年650円からいっこうに動かないが、それと較べれば倍以上の堂々たる超高級価格である。 けれども、この味がときおりなつかしい。 「揚子江菜館」の冷し中華は、時代が変わってもいつまでも健在であってほしいと願わずにいられない、そんなけなげな味なのだ。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)



64 - 65ページ
『焼き餃子と名画座』
著者: 平松洋子
2009年10月13日
発行所: 株式会社アスペクト




デンマンさんは冷し中華が好物なのですか?



好きですねぇ〜。。。やっぱり夏には、なくてはならない食べ物ですよ!

「揚子江菜館」の「五色冷拌麺」がデンマンさんの大好物なのですか?

いや。。。残念ながら僕はまだ「揚子江菜館」で「五色冷拌麺」を食べたことがない。

それなのに、どうして1470円もする冷し中華を取り上げたのですか?

自他共に認める「冷し中華」の「元祖」というのを読んで興味が湧いたのですよ。 昭和8年に「冷し中華」が誕生したというけれど、僕は明治の頃からあるものとばっかり思っていましたよ。 文明開化で牛鍋(ぎゅうなべ)や牛肉が入ったスキヤキを食べるようになったのだから「冷し中華」が中国から入っていたとしても当然だと思っていたのですよ。 小百合さんはどうですか?

そうですわね。。。私も明治時代には「冷し中華」があったと思っていましたわ。。。で、デンマンさんはバンクーバーでも冷し中華を作って食べるのですか?

いや。。。カナダでは今までに自分で作って冷し中華を食べたことはないのですよ。

どうして。。。?

冷し中華を食べたいほど暑くならないし。。。なんとなく場違いな気がして、これまで特にバンクーバーで食べたいと思ったことがないのですよ。

チャイナタウンに行けば食べられるのでしょう?

もちろん、日本の「冷し中華」のようなものがあるでしょうね。 でも、カナダで「冷し中華」のようなものを食べたことがない。

どうして。。。?

日本のように蒸し暑くならないからだと思いますよ。 なぜか「冷し中華」が食べたいという気持ちにならない。

そういうものですか?

僕が子供の頃、真夏になるとお袋が冷し中華を作ってくれたのですよ。 レストランで冷し中華を食べた記憶がない。 僕の冷し中華の味はお袋の味なのですよ。



きゅうり。 ハム。 錦糸卵。

トマト。 紅しょうが。 練り辛子。



こういう写真を見ると無性に食べたくなってきますよ。



自分で作るのが面倒であればチャイナタウンへ行って食べればいいではありませんか?

あのねぇ〜、でも、バンクーバーの夏は日本の夏と較べると、ちょっと涼しい。 僕はもともと冷たい食べ物は遠慮するほうなのですよ。

だったらお寿司も冷たいではありませんか!

だから、僕は一人で食べる時にはお寿司を食べることはないのですよ。 当然一人で寿司屋に行ったこともない。

つまり、真夏の汗がダラダラたれるときじゃないと、デンマンさんは「冷し中華」を食べる気にならないのですか?

その通りですよ。 生暖かい日に冷し中華を食べても旨くない。 冷し中華を食べる時にはミンミンゼミがギャーギャー、ジージー、ミーン、ミーン鳴いていないとイマイチ食べる気がしない。。。汗がダラダラたれている時が一番旨いのですよ。

デンマンさんは先入観にとらわれすぎているようですわね。

でも、僕にとって「冷し中華」って、そういう食べ物だったのですよ。 冷房が効いたレストランで食べるものではなかった。

。。。で、タイトルの「思い出堂」って何ですの?

「三省堂」のことですよ。

「三省堂」がデンマンさんにとって特別な意味があるのですか?

そうなのですよ。 僕が初めて三省堂本店を訪れたのは忘れもしません高校1年生になった夏ですよ。

また、どうして、そのような事をはっきりと覚えているのですか?

あのねぇ、僕にとって「三省堂」というのは「文化の香り」や「高尚な気分」を感じさせるところだったのですよ。

どういうわけで。。。?

埼玉県行田市にある行田中学校の2年生の時のクラスメートに島澤さんという女の子がいたのですよ。 その子がしばしば単行本を読んでいた。 彼女はその単行本をきまって三省堂の包み紙でカバーをして読んでいた。

その三省堂の包み紙がデンマンさんに「文化の香り」や「高尚な気分」を感じさせたのですか?

そうなのですよ。

でも、どうして包み紙が。。。?

あのねぇ、話せば長いのだけれど、彼女のお父さんは行田市の市会議員などをしていて、昔は足袋工場などを経営していたようで、かなり金持ちで文化の高い生活をしていたのですよ。

つまり、デンマンさんが小学生の頃垣間見たハイカラな上流社会に育った女の子だったのですわね?

そうなのですよ。 このことで、かつて卑弥子さんと話したことがあるのですよ。 小百合さんのことも出てくるので、ちょっと読んでみてくださいね。


 
上流社会





今日は上流社会についてお話なさるのでござ〜♪〜ますか?



そうですよう。でもねぇ、僕は上流社会だとか下層社会だとか。。。そう言うようにレッテルを貼る事は嫌いなのですよう。

どうしてでござ〜♪〜ますか?デンマンさんは下層社会に生まれて育ったので、上流社会に対して嫉(そね)みとか、妬(ねた)みを感じているのでござ〜♪〜ますか?

ほらねぇ〜。。。十二単を着ていると、そのような事を言うのですよねぇ〜。。。僕はそのように言われるのが一番イヤなのですよう。

つまり、あたくしが本当の事を申し上げたので、デンマンさんは頭に来て、ムカついているのでござ〜♪〜ますわね?

ますます僕の気に障る事を卑弥子さんは、わざと言うのですか?

わざとではござ〜♪〜ませんわ。あたくしは思ったとおりの事を言っているのでござ〜♪〜ますう。常日頃からデンマンさんが本音で生きなさいと言っているので、あたくしはデンマンさんの助言どおりに、心に浮かんだ事をズバズバと申し上げているのでござ〜♪〜ますわ。

心に浮かんだとしても、言わなくていい事まで言う必要は無いのですよう。

でも、上流社会についてデンマンさんがお話になるのですから、あたくしの申し上げている事は決して脇道にそれているとは思いませんわ。

でも、卑弥子さんは、まるで日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、わざと僕の気持ちを不愉快にさせていますよう。

いいえ、それはデンマンさんの誤解でござ〜♪〜ますわ。あたくしは『小百合物語』のホステス役としてデンマンさんのお手伝いをしているだけでござ〜♪〜ますわ。おほほほほ。。。

だったら僕を不愉快にさせるような事を言わずに、今日の話題に沿った事を言ってくださいよう。

分かりましたわ。。。んで、デンマンさんにとって上流社会とは、どのようなものなのでござ〜♪〜ますか?

実は、僕は思いがけなく、子供の頃に上流社会を垣間見た事があるのですよう。

どのようにして、でござ〜♪〜ますか?

ちょっと次の写真を見てください。


 


実はねぇ、この写真は僕がコラージュして作ったものですよ。僕が小学校1年生か2年生の頃覗き見た別世界のイメージですよ。



行田ですか?

そうですよ。行田の町は戦前、足袋で知られた町だったのですよ。日本の足袋生産の7割から8割を占めていたと言われたほどです。行田の町を歩くと、どこからとも無く、次のような音が聞こえてくると言うのですよ。



 (すぐ下のページへ続く)



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