Quantcast
Channel: デンマンのブログ
Viewing all articles
Browse latest Browse all 12419

平和と武士道 (PART 2 OF 3)

$
0
0


 

平和と武士道 (PART 2 OF 3)





善良な読者の何人かを驚かす危険を冒して、私はシェイクスピアのいったように「落ちぶれた主君の仕えてその苦難を共にする」そして「物語の中に名を残している」人について話そう。
その話とは日本史上、特筆すべき存在の一人である菅原道真にかかわる物語(『菅原伝授手習鑑』)である。
道真は嫉妬と讒言の犠牲になって京の都を追放された。
だが無慈悲な彼の敵はそれだけでは満足せず、今や道真の一族を根絶やしにせんものとたくらんだ。
そしてまだいたいけな道真の幼な子を厳しく探索し、かつて道真の従者であった武部源蔵の寺子屋にその子がかくまわれていることをつきとめた。



その結果、源蔵に幼い罪びとの首を定められた日に届けるように、との命令が伝えられた。
そのとき源蔵がまず考えついたことは、その子の身替りを見つける、ということであった。
源蔵は寺子屋の名札を思案し、そこへやってくる幼童たちの一人一人を吟味した。
だがその地生まれの幼童の中には、誰一人として源蔵がひそかに護りぬこうとしているあの若君に似ている者はいなかった。
しかし源蔵の絶望はほんのひとときであった。

見よ、品のいい物腰の母親に伴われて顔立ちの整った、年の頃もかの大臣(おとど)の幼君と同じ少年がこの寺子屋に入門してきたのだ。



さて、幼君と幼い従者がよく似ていることに、その母とその子自身が気付いていた。
そこでその家の人目に触れぬ場所で、母子はみずからを神仏の祭壇に捧げる決意をした。
子はその生命を、そして母はその心を。
だが母と子はそれらしき覚悟を露一筋だに表わさなかった。

一方で源蔵はこの母子二人の間に行われたことに気付かずに、身替りのことを考えていたのである。
そしてここに生けにえの山羊が決まったのだ。

この話の残りの部分は手短に述べよう。
定められた日に若君の首級を確かめ、受け取るように命じられた役人(松王丸)がやってきた。 彼は果たしてその贋首(にせくび)に気が付くだろうか。
哀れにも源蔵はその刀の柄に手をかけ、もしこのたくらみが検視の役人の取調べによって見抜かれたならば、即座にその役人か、あるいは自分自身に白刃の一閃を加えんものと決意していた。
検視役、すなわち松王丸は前に置かれた身の毛のよだつ物体を取り上げ、一つ一つその特徴をごく冷静に吟味した。



そしておごそかに、かつ手馴れた調子でその首がまちがいなく本物であることを述べた。

その夜、あの母親は人気のない家でなにかを待ち受けていた。
その母はわが子の運命を知っているのであろうか。
母親が表戸があくのを身じろぎもせずに見守っているのは息子の帰宅を待っているのではない。
その母親の舅(しゅうと)は長きにわたって道真公から恩寵を受けていた。
だが公の配流後、その夫たる人はやむを得ぬ成り行きから一家の御恩を受けた人の敵(藤原時平)に仕えねばならなくなっていた。

しかし世のならいとして、自分の主君に対して不忠であることは許されなかった。
だからこそ、息子を立派に祖父の主君に役立てたのだ。
そして、なんと流謫(るたく)を受けた一族と顔見知りであるという理由によって、その夫、すなわち父(松王丸)が年端もいかぬわが子の首実検の役目を命じられたのである。

その一日の、いやその人生にとってもっとも過酷な役目をおえて、夫は帰宅した。
そして敷居をまたいで戸をぴっしゃり閉めた瞬間、「我らがいとけし倅(せがれ)は立派にお役に立ったぞ。悦べ女房」と叫んだ。

「なんという残酷な物語!」
「なんとまあ、他人の子の生命を救うために、なんのとがもない自分たちの子を無残にも犠牲にするとは!」
という読者の声が聞こえるようだ。
だがこの子はおのれの死ぬ理由を知って、みずから進んで犠牲(いけにえ)となったのである。 しかもこれは身替りの物語である。

アブラハムがわが子イサクを神のいけにえにしようとした話とまったく同じくらいに重苦しいが、それ以上に忌むべき話ではない。
これらの場合、いずれも犠牲(いけにえ)は目にすることができる天使に与えられたのだろうか。
または心の耳でそれを聞いたのか。
いずれにしても義務の命ずるところに対する従順、そしてより高い世界から発せられる命令に対する絶対的な従順が存在したのだ。

(赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)



84-88ページ 『武士道』
著者: 新渡戸稲造 訳: 奈良本辰也
2004年3月15日 第41刷発行
発行所: 株式会社 三笠書房




松王丸のことは知らなくても菅原道真は日本人ならばほとんど誰でも知っている。 「天神様」と呼ばれて入学試験に受かるように菅原道真が祀(まつ)られている神社におまいりする人が現在でも居るほどですよ。



要するに松王丸という人は父親が菅原道真の恩を受けたので道真さんの敵(菅原時平)に仕えていたにもかかわらず、道真さんの子供の身替りに自分の子供を寺子屋に入学させて、源蔵に首を切られるように手はずを整えたというの?

その通りですよ。

ちょっと信じられないわね?

道真の子供は菅秀才(かんしゅうさい)というのですよ。 源蔵に首を切られる子供は小太郎という。 松王丸と妻の千代の子供です。 菅秀才とよく似ていたので松王丸と千代は菅秀才の身替りにしようとしたわけなのですよ。

松王丸の父親が菅原道真の恩を受けたという、ただそれだけのために。。。?

実は、松王丸も含めて、兄弟の梅王丸と桜丸は道真さんに就職の世話にもなっていた。

でも、だからといって自分の子供を犠牲にするなんて、ちょっと考えられないわ。

もちろん、僕は松王丸ならば、絶対に自分の子供を犠牲にしないでしょう。 でもねぇ、そのような時代に生きていたら、そうしなければならないような風潮があった。 つまり、義務の命ずるところに対する従順、そしてより高い世界から発せられる命令に対する絶対的な従順が存在したのですよ。

その事にルーズヴェルト大統領が感銘を受けたとケイトーは言うの?

そうですよ。

その根拠は。。。?

次の箇所を読むと判りますよ。


ロシアの官吏は文官であれ武官であれ、もっともかれらが怖れるところのものはその国家の専制者---皇帝---とその側近者(皇后もふくめて)であり、かれらはつねに対内的な関心のみをもち、その専制者の意向や機嫌をそこなうことのみを怖れ、「人がなんと言おうともロシア国家のためにこれが最善の方法である」といったふうな思考法をとる高官はまれであった。
専制の弊害はここにあり、ロシアが敗戦する理由もここにあり、さらにはニコライ2世皇帝がついにはその家族とともに革命の犠牲になり果てるのもここにあった。



将官を激励するニコライ2世

「自分はロシア人を愛するが、しかしロシア帝国の政体を忌(い)みきらっている。 さらにはロシア政府の当路者の言などはつねに信じることができない。 一方、日本人については自分は将来、文明の重要な分子として尊重してゆきたい」
と、ルーズヴェルトが、5月13日付で、サー・ジョージ・オット・トレヴェルセンに書いた手紙のなかにある言葉も、ロシアという国とその高官がどういうものであるかをよく穿(うが)っている。

(赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)



219-226ページ 『坂の上の雲(七)』
著者: 司馬遼太郎
2009年11月20日 第29刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




金子堅太郎のように日本国家のために、これが最善の方法であると信じてルーズヴェルト大統領に仲介を頼んでいる。 その金子堅太郎の姿勢と熱意、それに『武士道』のより高い世界から発せられる命令に対する絶対的な従順を読むと、ルーズヴェルト大統領は、当時のロシアの高官と日本人を比較しないではいられなかった。



つまり、大統領は金子堅太郎や新渡戸稲造の人物に感銘を受けて日本人を見直し、ロシア戦争の講和の橋渡しをしようと心に決めた、とケイトーは言うの?

その通りですよ。 それ以外に考えられませんよ。 そのきっかけを作ったのが『武士道』だったのですよ。

でも、ケイトーは「自分が松王丸ならば、絶対に自分の子供を犠牲にしない」と言ったじゃない!

もちろんですよ。 ロシア戦争が行われていた当時『武士道』に書かれていたことはルーズヴェルト大統領を説得するに充分な比較対象があったのですよ。

その比較対象が、腐りかけていた帝政ロシアの政治体制と、腐敗していた政府の高官たちだったと言うの?

そうですよ。 命を賭けて、自分の利益ではなく、日本人の国を守ろうとする真摯な思いをルーズヴェルト大統領は金子堅太郎の中に、そして『武士道』の中に感じ取ったのですよ。 僕は、そう思います。

でも、ケイトーは「自分が松王丸ならば、絶対に自分の子供を犠牲にしない」の?

あのねぇ〜、現在、「オマエの子供を犠牲にしろ!」なんてぇ強要する人が居たら「時代錯誤だ!」と僕は叫びますよ! 特攻隊に志願しろ!と言うのと同じですよ。 現在はロシア戦争の時代ではないし、太平洋戦争の時代でもないのですよ。

とにかく、絶対に自分の子供を犠牲にしないの?

シルヴィーはどうして「子供の犠牲」にこだわるの? だったら、シルヴィーは自分の子供を犠牲にしても、お国のために特攻隊に志願させるの?

もちろん、しないわよ。

僕だってぇ、同じですよ。

 (すぐ下のページへ続く)


Viewing all articles
Browse latest Browse all 12419

Trending Articles