おもいきり生きてね (PART 1)
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2017年12月6日
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前略
その後いかがお過ごしですか?
デンマンさんが帰途に着いてからの2週間、私には大きな変化がありました。
風邪と喘息の併発。
咳き込むのが激しいのでレントゲン検査の結果白い影があるので静養するようにというお医者さんの言葉でした。
11月22日からしっかりと寝込んでいると、
11月27日に博文(靖男兄の長男)から電話があり、
「至急 母と会って欲しい」との切望がありました。
「母」とは安子義姉のことです。
腫瘍(癌か?)が腹部の広範囲に移転している状態でした。
11月29日に死去。
12月3日が告別式でした。
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私は葬儀のみに列席しました。
正造さんは通夜に行かれたのか九条家の関係者は私だけでした。
デンマンさんが行田を後にした頃から晩秋と初冬の区切りのない日が続きました。
命のはかなさ、そして無常へと初めて真剣に考えさせられました。
夫と死別してから数年が経ちますが、この間 九条家関係で4名、
今田家関係で7名(佐吉さん、たかさん、昇作さん、靖男さん、芳江さん、喜代司くん、それに安子さん)が亡くなりました。
よくよく今の自分を探ってみると、考えるということは頭ではなく、
つかみどころのない芯(つまり、これを心と言うのでしょうか)で、
自然と諦観せざるを得なくなります。
たまたま12月3日の夜、NHKラジオ第2で午後8時から「日曜カルチャー」という番組でのことです。
花園大学の教授でサカキシヅカ(名前がよく聞き取れませんでした)という男性が講演していました。
途中から聴いたので3分の2ぐらいしか聴いてません。
この講演の話も手伝って、今日、深く考えさせられたのだと思います。
話の主題は「人間を考える」というものです。
サカキ氏は京大工学部に入学したのですが仏教界に身を置くようになったとか。。。
宗教は人それぞれです。
この話で気持ちを揺さぶられたというわけではありませんが、
タイミング的に心情が一致した部分は否めません。
講演の内容を参考にして自分と対峙した現在を図式に表わしてみました。
迷う時 ■自分の心を変える。
■本質を見つめる。
■その本質から我をなくす。 -> 本当の自分が見える。
うつ病 ■劣等感から生まれる、 (私は劣等感の塊です。)
■劣等感をなくすことにより健全な心身となる。
年寄りの私 ■周りに振り回されている。
■周りばかり気を使い自分は後回しにする。
周りとは? ■子供や孫のことを考える。
■食事会のことを考える。
■孫へのお小遣い。
■周りに自分をよく見せたい。
これではいけない! -> まず自分を主体にする。
何をしたいのか?
■上手に文章を書きたい。
■そして認められたい。
■賞をとり家計の足しにしたい。
■健康でいたい。
■人に迷惑をかけない。
■家族の幸せを願う。
「我」を捨てる -> 自分の立位置を認める -> 何が残るのか? (気持ちが楽になる)
人は生きて必ず老い、、病み、そして死にます。
総じて、死は自然に運んでいくものです。
解き放たれた自分に乾杯したら、重たい鎧が取れたように、
気持ちが爽快とまではゆかないまでも、少しづつ身軽になりました。
12月3日の夜はなかなか寝付かれず、午前零時過ぎに
NHK BS 3チャンネルで「街歩き カナダ バンクーバー」を放映していました。
私がバンクーバーを訪ねたのは 1989年だったと思います。
実際のところ、短期間に多くの行事に参加し、
翻弄されたので断片的な記憶しかありません。
しかし、今、映像を見ると世界一住みたい街として毎年上位にランクされていることに、
なるほどと頷(うなづ)きたくなります。
主に、ウィスラーとグランビルアイランドを紹介していました。
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勝手放題書きましたが、デンマンさん!私が死没した時には、
何らかの方法で連絡しますから弔電ください。
絶対にありえないことですが、デンマンさんが先に逝った場合、
私に何を一番して欲しいですか?
これを私がメールしたら1日がかりになりますが、
ペンで書いたら1時間で書けます。
メールが苦手で、普段使いませんが、
パソコンは毎日開いているので時間があったら、返事はメールでください。
冬の嫌いな人は寒いというのがその理由でしょうが、
冬の夜空を見ると、特に星には永遠を感じます。
悪しきことは、星廻りの災いと昔から言い伝えられておりますが、
冬の星を尊崇する そんな冬至のこの頃です。
それでは、お元気で良いお年をお迎えください。
かしこ
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件名:
明けましておめでとうございます。
良い年を迎えてくださいね… :-)
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From: barclay1720@aol.com
To:kujo-takako48@outlook.jp
Time: Sun, Dec 31, 2017 at 4:35 PM
元気だけがとりえです。。。
その後もルンルン気分で過ごしていますよ。
バンクーバーは実際住みよい街です。
“住みたい街”として いつも世界の都市の上位にランクされるのも不思議ではありません。
思えば1980年の10月にイエローナイフから出てきて、今年の10月で満37年になりました。
小生の人生の半分以上をバンクーバーで過ごしたことになります。
振り返ってみれば長いようであり。。。、
しかし、この37年間、バンクーバーでいったい何を達成したのだろうか?
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そのように自問自答すると、37年はアッと言う間に過ぎ去ってしまったような気もします。
とりわけ、世間に誇れるような業績と言えるものは何もありません。 (苦笑)
ところで、多佳子さんが花園大学教授の話を聴いて、“悟りの境地”に至ったようですが、確かに「迷う時、悩む時は、その本質から自分をなくす」ことが重要な事だ!、と仏教を極めた人たちがしばしば口にすることです。
先日、バンクーバー市立図書館で『生きる事はおもしろい』という五木寛之のエッセー集を読みました。
五木は40歳から50歳代の頃に執筆を2度中断して龍谷大学の聴講生となり、仏教史を学ぶという異色の経歴を持った作家です。
その点では、あの萩本欽ちゃんも 74歳になってから(2015年4月)より駒澤大学仏教学部に在学しています。
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五木が言うことには、(もちろん、ブッダがそういうお説教をしたのですが)人間の悩みも迷いも、すべては、その人の“欲”が招くものだと言うのですね。
だから、“欲”、つまり、“煩悩”を捨て去って、初めて、人は不安・悩み・迷いから解放されるのだ、と。。。
つまり、多佳子さんが言うところの“本質から自分をなくす”ということは“一切の欲望・執着・こだわり、つまり、煩悩をなくす”ということです。
ここで、多佳子さんの最近の状況を振り返ると、九条家関係で4名、今田関係で7名の死別に遭遇して、通夜や葬式に参列したわけです。
多佳子さんは他の人のことを考えて、とても義理堅いのですよ。。。
それに対して、小生は父親と弟の通夜にも葬式にも出ずに、たった一度だけ母親の葬式に出ただけです。
「まず自分を主体とする。 何をしたいか?」
多佳子さんと小生の人生を比較すれば、小生は「自分を主体とする生き方」に徹してきたと言えるでしょう!
日本では、そういう生き方は「自分勝手だ!」と言われます。
しかし、よく考えてみれば
■周りに振り回されない。
■周りばかりを気にしない。
■まず自分を主体にして、何をしたいかを考える。
それは、まさしく これまでの小生の生き方なのです。
■子や孫のことを考える必要もない。
■食事界などを考えることもない。
■もちろん、孫の小遣いのことなど考えない。
■自分をよく見せたい相手もいない。
■世間に対して自分をよく見せたい気持ちもない。
【だから、穴の開いたセーターで平気で日本へ行って
多佳子さんとも会える。 (笑)】
これだけのことを考えても、小生はすでに30代の頃に“悟りの境地”に達していたのではないでしょうか!?
しかし、考えてみてください!
ブッダは仏教を起こしたということで2,500年もの間、10億人以上の人間の尊敬を集めている!
でも、よくよく考えてみれば、ブッダほど無責任な男はいないでしょう!
なにしろ、妻と子供と他の家族まで捨てて、自分勝手に悟りを求めて旅に出たのですから。。。
現在、日本で同じことをする人間がいたら、それこそ無責任だ!人間のクズだ!人でなし!。。。とボロクソに言われるでしょう!
多佳子さんの隣の家の主人が、もし妻と子供を捨てて インドに旅たったら、おそらく多佳子さんも、その男のことを無責任だと名指しで蔑むことでしょう!
考えてみればブッダも同じ事をしたわけです。
しかし、人間のクズだと見なされなかったのは“悟りの道”を後世に伝えることができたからです。
要するに、ブッダの教えに“なるほど”と賛同する人たちが現れたからです。
つまり、“終わり良ければすべて良し”ということですよね。
それは世間に認められることじゃなく、
自分で悟りを開いて満足して死を迎えるということです。
。。。で、小生は30代のいつ頃、どこで悟りを開いたのか?
実は、バンクーバーに出てくる前のイエローナイフで次のような経験をしました。
北極の原野での孤独
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本当に孤独になって寂しくなると、死ぬなんてことは全く頭から消えうせてしまうものですよ。むしろ本能的に生きようとするすさまじいまでの生に対する執着にとらわれるものですよ。
どういうことですか?
北極の原野に一人で置き去りにされた事を考えてみてくださいよ。寂しいなんて言っているどころじゃない。その瞬間から生きなければならない。腹をすかせたハスキー犬が牙をむいて襲い掛かる。グリスリー・ベアに出会えば、命はないと思わなければならない。
デンマンさんは、北極の原野に放り出された事でもあるのですか?
もちろん、ありませんよ。でも、僕の宿舎から5分も歩くと人の姿は見えませんでした。30分も歩いたら、そこは上の写真のような原野ですよ。野生化したハスキー犬が獲物を狙い、牙をむいて近づいてきますよ。
ハスキー犬って何ですか?
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狼と犬の混血だと言われています。だから野生化したハスキー犬は人も襲いますよ。
怖いでしょう?
怖いなんてものじゃない。ハスキー犬の群れに襲われたら命がありませんよ。
それでハスキー犬に出会ったことでもあるのですか?
ありますよ。僕は2週間ほど休みをとって夏、北極の原野を歩きましたよ。せっかくイエローナイフに行ったのですからね。もう2度とそういう経験は出来ないと思いましたからね。
それで怖い思いをなさったのですか?
“怖い思い”と言っているうちは本当に怖くはないんですよ。
どういうことですか?
僕は“野生化する”という意味が初めて分かりましたよ。野生化するということは一口で言ってしまえば“死と隣り合わせ”で生きるということなんですよ。常にビクビクしていなければならない。感覚が研ぎ澄まされている。ライフルを背負っていないと安心していられない。
ライフルって、。。あの~。銃、。。。鉄砲のことですかあああ?
そうですよ。カップヌードルじゃないですよ。常に身を守る事を考えていますよ。ハスキー犬でもただの野犬でも、飛びかかって来る前にライフルを構えなければならないから、つねに辺りに気を配っていますよ。あんなに音に敏感になれるとは思ってもみませんでしたよ。葉っぱが擦れ合う音にさへ最初のうちはビクッとしましたよ。
それでどのような怖い思いをしたのですか?
夜でも横になっては寝られなかったですよ。
どのようにして眠るのですか?
座って寝るんです。とても横になって寝る気になれませんでしたよ。リュックを背にしてライフルを抱くようにしながら眠るんですよ。熟睡できない。1時間半から2時間おきに目が覚めますね。
それで。。。?
遠吠(とおぼ)えなんかが聞こえると実に嫌なものですよ。“お~い、獲物が居たぞォ~、みんなで襲おうじゃないかァ~~”そう仲間に呼びかけているように聞こえてくるんですよ。
それで。。。
よく西部劇で獣を寄せ付けないために一晩中火をたきながら眠るシーンがありました。でもね、あんな事は出来ませんでしたよ。
どうしてですか?
燃やす薪(たきぎ)がすぐになくなってしまうんですよ。上の写真で見るように森なんてありませんからね、潅木がチラホラ程度ですよ。燃やすものがなくなって火が消えて真っ暗になります。そういう時にオーロラが頭上を神秘的に踊っている。まさに踊っているようにサラサラ動いている。ゾォ~~とするような美しさですよ。でも、いつまでもボケーと見上げているわけにはゆかない。コソッとでも物音がしようものならすぐにライフルを引き寄せて構えますよ。最初のうちは、珍しいから撃ちたくってバンバン引き金を引きましたが、そのうち弾(たま)が減ってくるから、そうやたらに撃てなくなる。弾が無くなった時が僕の命が無くなる時ですよ。
それで。。。
最初の夜などは、かなりぶっ放しましたが5日ぐらい経つとライフルを撃つ事も面白くなくなる。それよりも弾の数が減ってくる事の方が心配になりますよ。
それで。。。
とにかく、近くにセブンイレブンはないんですよ。自動販売機もないんですよ。公衆電話もないんですよ。人っ子一人居ないんですよ。短波放送を聞く気になれば聞く事が出来ますが、ラジオなんかかけていたら、獣の物音が聞こえなくなる。ハスキーの群れに襲われたら、命は無いんですよ。耳を澄まして物音だけに神経を集中しますよ。そういう時には寂しいなんて気持ちにはならないものですよ。早く夜が終わってくれないか。そればかりを考えている。気を紛らせることができるのはオーロラを見上げる時ぐらいです。
それでどういう怖い事があったのですか?
1週間ぐらい経った頃ですかねぇ~。僕はもうやたらにライフルを撃たなくなりました。ある程度物音にも慣れてきました。“殺気”という言葉を聞いた事があるでしょう? 僕は初めてそういう経験をしましたよ。あれは、野生化した僕が本能的に感じたものだと思うんですよ。理屈ではどうにも説明できないんです。確かに物音を感じた。でも、それが獣だか潅木の葉っぱが擦れ合う音なのか?あまりはっきりしなかった。 とにかく“やばい”という胸騒(むなさわ)ぎがして僕はライフルを引き寄せてテントの入り口から外をソッとうかがった。
何が居たのですか?
目が2つ光って僕を見ているんですよ。ゾォ~としましたね。僕は引き金に手をかけていましたが撃つ気になれない。
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それは何だったのですか?
おそらくハスキー犬か野犬でしょうね。瞬(まばた)きもせずに僕の方をジィ~と見ているんですよ。最初の夜だったら、僕は間違いなく、すぐにぶっ放していましたよ。でも、“殺気”はそれまでなんですよ。僕はもう怖さはない。すぐ撃てるからですよ。僕はブルックリンで人間の返り血を浴びた事があるから、結構そのような度胸はついている。“かかってくるなら来い、ぶっ放してやるだけだ!” そう思いながら僕も睨(にら)みつけましたよ。僕の目もおそらくオーロラの光を受けて光っていたでしょうね。僕には5分ぐらいに感じられたけれど、それ程長い間のことじゃなかったでしょう。とにかく、にらみ合いの挙句、その獣は諦めたようにクルッと身を翻(ひるがえ)すと帰っていきましたよ。
デンマンさんは撃たなかったのですか?
“殺気”が消えていたんですよ。喧嘩した後、さっぱりした気持ちになるでしょう。あの気持ちなんですよ。動物同士だって勝ち負けがついたら相手を殺さないものですよ。
それで、その夜はそれ以外には何もなかったのですか?
何もなかった。もうその獣はやって来ませんでしたよ。
それで、デンマンさんの寂しさって何ですか?
つまり、人間が野生に返って生きるなら、寂しさを感じている暇がないんですよ。僕はしみじみとそう感じたものですよ。そしてあの朝を迎えた時のなんとも言えない幸せな気分。僕はお日様に向かって感謝し、祈るような気分になりましたよ。
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“あああ。。。お日様さん、ありがとうございます。夕べも無事で命に別状はありませんでした。今夜もよろしくお願いします。どうか僕をお守りください” 朝日を浴びながら、実際そう思ったものですよ。レンゲさんに、この僕の伝えようとしている気持ちが分かりますかあああ?
『天の川の思い出』より
(2017年7月14日)
ところで、小生が先に逝った場合、多佳子さんに何をしてもらいたいか?
もちろん、そのような場合も考えていましたよ。
とにかく、15年前から、毎年、遺書を更新して正造さんにコピーを預けているほどですからね。。。
多佳子さんに してもらいたい事は簡単なことです。。。
小生は2005年からすでに12年間、ほぼ毎日、2つの記事をブログに投稿してきました。
GOOGLEで「九条多佳子 デンマン」と入れて検索してみてください。
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■『拡大する』
■『現時点での検索』
折に触れて書き溜めた記事がネットに溢れているはずです。
小生が先に逝ったら GOOGLEで検索してヒットした記事を読みながら、在りし日の小生のことでも偲んでください。
小生は葬式を無用のものと考えているので、遺体はバンクーバーの大学の医学部に献体します。
遺骨は無縁仏として慰霊塔に安置されるはずです。
そんなわけで、小生のために涙を流す必要はありません!
涙を流す暇があったら、小生が書いた記事でも読んで、多佳子さんの楽しい、あるいは悲しい思い出に浸って、生きる糧にしてください。
でも、今から読む必要はありませんよ!
楽しみに、とっておいてくださいね。 (笑)
今田家は長寿の家系です。
多佳子さんの両親も、小生の母親、つまり、多佳子さんの実姉も長生きしました。
多佳子さんも養生を心がけ、煩悩を捨て去れば、まだまだ長生きするはずです。
ブッダが生きていれば、同じ事を言うでしょう!?(笑)
では、良い年を迎えて、ルンルン気分で暮らしてください。
また、お目にかかることを楽しみにしております。
生きていればこその楽しみです。。。
何事も死んで花実が咲くものか!?。。。です。
死ぬ事を考えることも大切ですが、
まず、おもいきり生きることを考えてください。
では。。。
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