とんかつとピアノ (PART 2 OF 4)
僕も後で調べたら黒豚は鹿児島県が有名なのですよ。 でもねぇ、テレビの番組では前橋の黒豚のトンカツを話題にしていたのですよ。 ドライブで前橋を通るので、それで僕はメモを取っていたのです。 でもねぇ、昼飯中に僕が訪ねたものだから、警察官は一生懸命に探そうとしないのですよ。
それで結局分からなかったのですか?
イエローページでも探してみればすぐに分かるだろうと思ったのだけれど。。。
それで婦人警官が電話帳で調べたのですか?
いや。。。その婦人警官は明らかに新米(しんまい)なのですよ。 高校生が制服を着た感じで、見たところ全く頼りなさそうなのですよ。 18歳か19歳ぐらいに見えました。
それで、分かったのですか?
どのように探したらよいのか、その婦人警官は全く分かっていないようなのですよ。 僕は呆れましたよ。
呆れたのは、その婦人警官の方ですわ。 「黒豚のトンカツを食べさせてくれる所を教えてくれ」なんてぇ、日本人ならば、そのような事を警察署に聞きに行く人は居ませんわよ。
でも、交番の警官ならば教えてくれるでしょう?
交番のお巡りさんならば慣れているでしょうけれど、前橋警察署のお巡りさんはそのような質問を受けたことなど無いでしょうから分からなくて当たり前ですわ。
婦人警官がイエローページで探せばいいじゃないですか?
デンマンさんが警察に行く前にイエローページで探せばよかったのですわ。。。で、結局イエローページで探したのですか?
いや。。。僕は前の日に目的地(水上か伊香保温泉?)に向かう途中で“黒豚”の看板を国道17号線バイパス沿いに見た覚えがあるのですよ。 だから、時間がかかるけれど、バイパス沿いを走ってみれば分かると思った。 昼休みに警察官に尋ねても一生懸命になって探してくれないと思ったので諦めたのですよ。 でも、結局分からなかった。
それで、車に戻って探し始めたのですか?
しかし、なかなか見つからなくて、バイパス沿いのお土産屋さんに寄って尋ねましたよ。 それで、やっと分かったのです。 探すのに30分ほどかかりました。
デンマンさんはそれほど黒豚トンカツにハマッているのですか?
あのねぇ、実を言うと僕は四足の肉はあまり好きでない。 肉よりもむしろ、そばやラーメン、うどん、パスタの方がいいのですよ。 しかも、肉の中でも豚肉は、あの臭いがきついので、僕は肉の内では豚肉を最後に手を出すのです。
それなのに黒豚トンカツをわざわざ探し出してまで食べようと思ったのですか?
あのねぇ、テレビの番組を見ていたら旨そうだったのですよ。 黒豚の肉なんて食べたことがなかったから興味が湧いてきた。 それで、どうせドライブの途中だから前橋の黒豚トンカツ屋に、ぜひ立ち寄ろうと決めたわけです。
それで、食べた黒豚トンカツは、とびっきり美味しかったのですか?
とにかく空(す)きっ腹でしたからね。 何を食べても旨かったに違いない。 実際、黒豚の肉は柔らかくて旨かった。 臭いもそれほどきつくはなかった。 たぶん上等のロースだと思いましたよ。 オヤジもお袋も弟たちも十分に満足していましたよ。
つまり、お腹が空いていたから美味しかったのでしょう?
そうですよ。 でもねぇ、僕の弟たちは肉が大好きなのですよ。 その二人とも黒豚トンカツには十分満足していたから、やっぱり旨かったのだと思いますよ。 僕は自分のためと言うよりも僕の家族に旨いものを食べさせてあげたかったのですよ。
つまり、その事が言いたかったのですか?
いや。。。それだけじゃない。 実は、面白いエピソードがあるのですよ。 前橋の国道17号線バイパスのドラインブ・インで黒豚トンカツを食べて、もうあとは実家に帰るばかりでした。 オヤジもお袋も、弟たちも温泉に浸かって命の洗濯をして、しかも黒豚トンカツまで食べて満足していたのですよ。
それで。。。?
ところが、どう言う訳か? お袋が車の中で気になることを話し始めた。
黒豚トンカツが旨いとみえて、あのお店は混んでいたわね。 私が最初にそのお店のドアを開けて入ったのだけれど、お店の人は誰もが忙しそうに立ち働いていて私に気づかなかった様子だったわ。 次にお父ちゃん(僕のオヤジ)がお店に入ったのだけれど、お店の人は相変わらず忙しそうで、お父ちゃんにも気づかないようなのよねぇ。 でも、次にあんた(僕のことです)が入ったと思ったら、お店の奥に居る人も、ウェイトレスも、皆、声を合わせるように「らっしゃい! イラッシャイ いらっしゃい! ラッシャイ!。。。」
まるで、どこかの大旦那が入ってきたように急に態度が変わったのよ! まったくアレッて、どういうのかしら? 私はどこかの、しょうもないバアさんだと思われたらしいわ。 全く無視されたのよ。 まあ。。。私が無視されたのは分かるけれど、小学校の校長先生まで勤め上げたお父ちゃんまでが無視されたのよ。。。
あんたには不思議なオーラがあるみたいなのよねぇ〜。
お袋。。。僻(ひが)むなよ。。。商売人は誰がサイフを持っているかを見極めるカンがあるんだよ! 金を払う人に対して気持ちを込めて「いらっしゃい!」と言うんだよ。
何言ってんのよ! お金を払ったのは私なのよ。
『黒豚トンカツ』より
(2011年3月26日)
うふふふふ。。。 マジで、こういう事があったのですか?
そうなのですよ。 「押しが利(き)く」という言葉があるけれど、確かに、その人の生き様がその人の表情や姿に表われると言う事はありますよ。 僕のお袋は20代の前半に遠い親戚の池袋にある寿司屋に女中奉公をした。 女中根性が染み付いている。 僕のオヤジも小学校だけしか出ていない。 どことなく学歴がないのを“ひけめ”と思っていた影が尾を引いている。 ところが僕には、そういう“ひけめ”は全くない。 大旦那ではないけれど、人生の半分以上を一匹狼として海外で生きてきたという経験が、やっぱり僕のオーラになっているのかもしれない。
つまり、デンマンさんは自慢したいのですわね?
いや。。。自慢したいのじゃありません。 そのように見栄(みば)えのしない風采の上がらない親父だったけれど、昔の人は言ったものですよ。
一寸の虫にも五分の魂
つまり、外見がどうであれ、人は侮(あなど)れないものを内に秘めているということですよ。
デンマンさんのお父さんに侮れないものがあるとデンマンさんは、ある日、気づいたのですか?
そうなのですよ。 その事を理解するためには、まず三島さんのエピソードから話す必要があるのですよ。 読んでみてください。
大田区南馬込(まごめ)の三島邸は、女優で演出家の長岡輝子の家から路地をひとつ隔てたところにあった。
陽光に映える三島趣味のヴィクトリア朝コロニアル様式の白亜館が新築されて以来、長岡とは、芝居でのつき合いというよりも、むしろご近所のつき合いがあった。
自決事件(昭和45年11月25日)からしばらくして、長岡は手作りの惣菜を持って三島邸を訪れた。
夜食でもともにして、母親の倭文重(しずえ)夫人を慰めるつもりだった。
「…でもね、由紀夫さんは、自分のなさりたいことはぜんぶ成し遂げて、それこそ藤原道長の歌じゃないけれど、「望月」の本望がかなった方じゃありません?…」
と長岡はたずねた。
すると倭文重は、ややあって、
「今度はじめて、やっとあの子が本当にやりたかったことができたのですから、その意味では、男子の本懐を遂げたことになります。…でも、あの子には、ふたつだけ叶わなかったことがあります。
ひとつは…ノーベル文学賞をもらえなかったことです」
「ノーベル文学賞はおれが取るぞって、意気込んでいらしたからね…」
「それが川端先生に決まったとき、弟の千之(ちあき)に向かって、大声で、くやしい!と叫んでいました。…
それと、もうひとつは、結婚問題です。本命の人と結婚できなかったんです。…お見合いをして、不成立の縁談で、唯一、心残りの方がありました…」
「それは…どなた?…」
倭文重の顔は紅潮していた。
長岡は、ひと言も聞きもらすまいと耳を傾けた。
「のちに皇太子妃になられて、時とともにあの子の意中の人として消えがたくなっていったようです。もし、美智子さんと出遭っていなければ、『豊饒の海』は書かなかったでしょうし、自決することもなかったでしょう…」
「でも、どのみち畳の上では死ねなかった方よ。…どこかに死に場所を探されたでしょうけれど…」
(注:写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)
7 - 9ページ
『三島あるいは優雅なる復讐』
2010年8月26日 第1刷発行
著者: 高橋英郎
発行所: 株式会社 飛鳥新社
『アナクロニズム』に掲載
(2011年3月27日)
このお話ってぇ〜、もしかしてデンマンさんがでっち上げたのでは。。。? うふふふふ。。。
いや、僕が作った話ではありません。 高橋英郎さんが書いた本から引用したのですよ。
つまり、デンマンさんのお父様と三島さんは面識があるのですか?
いや、僕の親父は三島さんに会ったことはありません。
それなのにどうして三島さんを持ち出してきたのですか?
あのねぇ〜、三島さんの心残りが美智子さんだったのですよ。 それほど美智子さんは男性の心に消しがたい印象を残す人なのですよ。 とにかく、美智子さんブームはすごかったらしいです。
(すぐ下のページへ続く)