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パール判事とゴーマン(PART 2 OF 4)

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パール判事とゴーマン(PART 2 OF 4)


『戦争論』には5000通以上の読者カードが返ってきていて、その年代別集計も公表しているし、「組織票」だの「アンチ」だのって何の根拠もなく言ってるだけじゃないか。
分析間違っているよ。もう一度幻冬舎行ってそろばん弾き直してきなさいって。

(注: 赤字はデンマンが強調)



324ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎




5000通以上だと言うことは6000通未満だよなァ!?



そうです。

…と言うことは、実際に感動して涙して、読者カードを投函した人は多くても6000人以下だと言うことだろう? その中にはムカついてオマエのことを軍国主義者!とか、国粋主義者!とか、ナチスよりひどい!とか。。。アクタレを書いたカードもあるはずだよな!?

まあ。。。ほんのわずかですが、そういうカードも確かにありましたよ。

ウソつけ! ほんのわずかじゃないだろう? オマエは次のようにも書いていたぞ!


『戦争論』では司馬氏についてはたったの一コマ、
「あの司馬遼太郎だって『日清・日露までの日本人は偉かった 立派な国だった 昭和が魔法にかかったように愚かでダメだった』
そりゃ負けたから言ってるだけだ」
と描いたのですが、「司馬史観」の信奉者からは轟々(ごうごう)たる抗議の手紙が届きました。

(注: 赤字はデンマンが強調)



359ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎




あのなァ、『戦争論』で司馬さんについてオマエが一コマ描いただけでも『司馬史観』の信奉者からは轟々たる抗議の手紙が届いたと書いてある。 つまり、オマエの本を読むと日本の言論人・知識人からの反対ばかりか、オマエの考え方に反対する者とか抗議する者が読者の中にはかなり居ることが分かる。 こう言う僕自身もオマエの愚かな考え方に批判的な読者の一人なんだよ!



でも、多くの読者はオイラの「大東亜戦争肯定論」に賛成してますよ。

それも当てにならない! 仮に5000通から6000通のカードを出した人が感動して涙を流して賛同したとしても65万の読者の何パーセント?。。。ほんの1パーセント未満なんだよ!

つまり、オイラの本の読者のほとんどが大東亜戦争肯定論に反対だとデンマンさんは思い込んでいるのですか?

そうだよ。。。しかも、オマエ自身が自分の書いた本の内容に対して懐疑的なのだよ!

まさか!

だってぇ、オマエは次のように書いていたじゃないか!


香山(リカ)氏の発言なんですけど、「心理学に少し通じたものなら、『洗脳』の基本は『現実の否定』と『単純で明快な教義の呈示』、ということを連想するかもしれない」って、『戦争論』は「洗脳の書」だということまで示唆しているのですが。

小林: そこまでの洗脳の効果が、作品、本一本にあるって認めてくれるんだったら、それはそれですごい賛美だけどね。
そんなものすごい書物を書いた人間なんか、なかなかいないでしょう。

(注: 赤字はデンマンが強調)



71ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎




それは言葉のアヤで内心ではオイラは“奇跡の書”を目指して書いていますよ!



いや。。。それはオマエの日和見主義だよ。

その根拠は。。。?

もともとオマエはギャグマンガ家なんであって、あえて大東亜戦争肯定論を仕掛けてみたに過ぎない!

だから、その根拠は。。。?

オマエは評論家の佐藤貴彦氏の次の分析を見事だと、その通りだと言っている。


ギャグ漫画の本質とは「定式化された物語を破綻させる」ことである。 例えば大人社会のタテマエが崩れてホンネがかいま見えた時、人は笑う。
優れたギャグ漫画家・小林よしのりはこういうことは得意である。

 (中略)

戦後民主主義の物語と『戦争論』の物語は両極に位置し、おのれの物語を維持するためには相手の物語を完全に粉砕するしかない。
ところがどちらも相手の物語性を叩けば叩くほど、おのれの拠(よ)って立つ物語性を妙に浮き上がらせてしまう。
そうしたジレンマが『戦争論』には最初から仕掛けられているというわけです。
宮崎哲弥氏は「これはギャグではないか」と言ったが、『戦争論』自体がギャグではなく、『戦争論』をめぐる騒ぎの全体の構造がギャグなのであり、宮崎氏はそれに気づかず、一時ギャグのストーリーの中に完全にハマっていた、そう佐藤氏は言います。

確かに、今まで見てきたとおり、『戦争論』を批判した者は、そのことによって自分がどんな物語の上に立脚しているのかを見事にさらけだしている、そんな気がします。

(注: 赤字はデンマンが強調)



394 - 395ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎




分かるだろう? たかがマンガ家が、偉そうな事を言う日本の言論人・知識人の底の浅い知性を結果として暴(あば)いて見せたギャグなんだよ! 大東亜戦争肯定論は、そのギャグを見せ付けるための仕掛けなんだよ!



でも、その事はすでに佐藤氏が言っていることですよ。 それを再度繰り返して言うためにデンマンさんはオイラを批判しているのですか?

もちろん、僕の「物語」を語るためにオマエを批判してみようと思い立ったわけだよ。

そのデンマンさんの「物語」とは。。。?

あのなァ、大東亜戦争肯定論の先に何があるのか?

何があるのですか?


 
 
“平和は正義!”
 
 
これがあるのだよ! “日本の平和”ひいては“世界の平和”を建前(たてまえ)で謳(うた)いあげて日本帝国は“一億玉砕”を日本臣民の心に植えつけて大東亜戦争を戦い抜こうとした。

その通りですよ。 だからオイラは大東亜戦争を肯定したのですよ。

でも、それは間違っている!

どうして。。。?

あのなァ、僕が尊敬している世界の James Herriot さんは次のように言っている。




"It's not what you do,

it's the way that you do it."



200 page "The Real James Herriot"
by his son, Jim Wight
published in 1999
by McClelland & Stewart Inc.




つまり、何を成し遂げるかも重要なのだけれど、もっと重要なことがある。 それは、どのように成し遂げるかだ、と言うのだよ。



要するに、日本の平和、ひいては世界の平和を達成するために大東亜戦争をしたことは間違っていたとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ!

大東亜戦争が間違っているという根拠は。。。?

次のエピソードの中の悲惨な少女の姿を思い浮かべてみろよ!




アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。



1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。

「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。

「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。


私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは---」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。



…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。 少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。

帰る途中で私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?


(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)



84 - 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社



『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)




小学校2年生の少女をこのような悲惨な状況に追い込んだから大東亜戦争は間違いだとデンマンさんは主張するのですか?



そうだよ。

でも、それ以外に方法は無かったのですよ。

あったじゃないか! 日本は一億玉砕に向かって竹槍だけでも米軍と戦おうとした。 建前(たてまえ)では天皇と皇統を守るために一億玉砕しようとした。 しかし、昭和天皇は一億玉砕をする愚に気づいた。

 (すぐ下のページへ続く)


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