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定慧と小百合の物語(PART 3 OF 4)

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定慧と小百合の物語(PART 3 OF 4)





でも、ずいぶんとお話には飛躍があると思うのですわ。 おそらく誰もまともには信じないと思うのです。



うん。。。そうかもしれません。 でもねぇ、歴史なんてそのようなものですよ。 『古事記』にしろ『日本書紀』にしろ、この2つの歴史書は言ってみれば藤原氏が自分たちが日本古来からの氏族だということを当時の人々に、また後世の我々に伝えるために書かせたものですよ。

何のためにですか?

要するに、藤原氏が権力の座に着いたことを正当化するためですよ。 勝てば官軍ですからね。 勝ち組の都合の良いように書いたものが『古事記』であり、『日本書紀』なのですよ。

でも、どうして定慧さんと私とデンマンさんの祖先を結び付けなければならないのですか?

あのねぇ、定慧さんの祖先、つまり、藤原氏の祖先と僕と小百合さんの祖先は同郷なのですよ。

あらっ。。。定慧さんの祖先と、私とデンマンさんの祖先は百済に住んでいたのですか?

その通りですよ。

そのような事を言っても誰も信じませんわ。

あのねぇ、これまでの話をじっくりと読めば、定慧さんと小百合さんと僕には共通するものがあるのですよ。

何が。。。?

何がってぇ、小百合さんもこれまでの話をじっくりと読んだのでしょう?

もちろんですわ。

だったら、3人のDNAに“海外飛躍遺伝子”が焼きついている事が分かるでしょう?

でも、海外に行く日本人のDNAに“海外飛躍遺伝子”が焼きついているとするならば、そのような人は日本にも何千万人と居ますわ。

あのねぇ、単なる海外旅行者と、定慧さんと小百合さんと僕を一緒にしないでくださいよ。 定慧さんは11歳の時に遣唐使船に乗って生きるか死ぬかの怖い思いをしながら唐に渡ったのですよ。 それから10年近い歳月を唐と百済で過ごしたのです。 小百合さんも生きるか死ぬかは別として20年ほど前にカナダにやって来た。 そこで人生の転機を迎えたのですよ。





Subj:長い電話お疲れ様でした。

Date: 01/10/2007 1:52:14 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 10月1日 午後5時52分 
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com


長い電話お疲れ様でした。
良くわかりました。

経理をしなくてはいけない。
それも13年分。
誰にたのもうか?
レシートもなくてと迷って朝方まで寝られない夜が毎晩だった時、
デンマンさんと話して、ここまで経理が進んだことをホットしてます。

いくら 請求がきても カナダに納めるのならいいやと思いはじめました。 
バーナビーで夏休みを過ごすことは
毎年私の支えの時間でした。

あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。
と今年決意しました。

こんな私でも欲しい物があります。
別荘です。
場所は長野です。
買ったら元家主の藤田桃子さん夫婦も招きたいです。
よかったらデンマンさんも。

日本だったら、親をおいていくことなく、ゆけます。

でも、29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は
私の人生にとって良かったと思います。
ではまた。。。

小百合より



『カナダのバーナビー』より
(2008年11月18日)




13年間借りていた“山の家”で小百合さんは定慧さんのように人生を深く考えながら生活したのですよ。



デンマンさんは、マジで私が定慧さんのように13年間人生を深く考えながら生活したと信じているのですか?

もちろんですよ。

。。。で、デンマンさんの場合は。。。?

僕の場合は人生の半分以上を海外で暮らしていますからね。 34カ国に及ぶ国々を放浪してバンクーバーに安住の地を見つけたのですよ。 もちろん、生きるか死ぬかの怖い思いをしたのは5度や6度ではなかった。 暗殺されるようなことはなかったけれど、現在こうして生きているのが不思議なくらいですよ。

私とデンマンさんの生活は、確かに平均的な日本人と比べれば、定慧さんのような波乱に飛んでいる生活かもしれません。 でも、ただそれだけで定慧さんと結びつけるのは飛躍のし過ぎだと思いますわ。

あのねぇ、そこですよ。 確かに、これだけでは誰だって信じないでしょうね。

だから、他にどのような強烈に説得できる材料があるのですか?

ジューンさんの話ですよ。 

袖触れ合うも他生の縁

これですよ。 僕と小百合さんの出会いも「袖触れ合うも他生の縁」なのですよ。

。。。で、デンマンさんと私と定慧さんの出会いも「袖触れ合うも他生の縁」なのですよ。

そうですよ。

どういうわけで。。。?

やだなあああァ〜。。。ここまで話してきて、小百合さんには、まだ分からないのですか?

分かりませんわ。

ロマンですよ。 小百合さんにもロマンがあったのですよ。 13年間も海外に別荘を借りる人なんて、日本人の中には、そうざらには居ません。 また、僕のように34カ国も放浪する人だって、日本人にはあまり居ないでしょう。

。。。で、定慧さんもロマンを持って唐に出かけたのですか? いや、11歳の当時はロマンもヘチマも持っていなかったでしょうね。 うししししし。。。でもねぇ、 あとで藤原鎌足から大切な使命を聞かされたのですよ。

どのような使命だったのですか?

あのねぇ、定慧さんは天智天皇が放った刺客の手によって暗殺されたのですよ。

マジで。。。?

当然です。

どうして。。。?

唐と新羅の連合軍のスパイになって日本へ帰ってきたと天智天皇は疑ってしまったのですよ。 天智天皇は疑り深い人だった。 その性格のために、彼の猜疑心のために何人もの人がこの人によって殺された。

。。。で定慧さんのロマンとは、どのようなものだったのですか?

定慧さんは唐と新羅の連合軍のスパイなどではなかった。 父親である鎌足の要請を受けて唐と新羅と百済の情勢をつぶさに見て調べてきた。 もし無事に生きていたら、藤原鎌足の長男として次男の藤原不比等を凌(しの)ぐような素晴らしい政治を行っていたに違いないのですよ。

だから、定慧さんのロマンとは何なのですか?

もちろん、歴史ロマンですよ。 “海外飛躍遺伝子”が織り成す歴史ロマンですよ。 定慧さんの短い生涯にも十分に歴史ロマンを感じさせるものがある。 そして小百合さんの半生にもロマンが感じられる。 もちろん、僕も歴史ロマンを意識しながら生活している。

要するに“海外飛躍遺伝子”とロマンを無理やり結びつけたのですわね?

僕が無理やり結びつけたように小百合さんには見えるのですか?

多分、この記事を読んでいる人も、そう感じると思いますわ。

でもねぇ、海外で10年以上暮らせば、僕が言おうとしていることが理解できるはずです。 (微笑)


 (すぐ下のページへ続く)


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